鈑金塗装の化学物質管理が根本から変わる|2026年義務化と個人ばく露測定を解説

マスクはしてるし換気もしてる。新しい法律って何が変わったのか、正直よくわからない…

その”なんとなく大丈夫”が一番危ない。2024年に化学物質管理のルールが根本から変わって、2026年10月にはさらに義務化が追加される。知らないままだと、健康リスクだけじゃなく労基の指摘や罰則も現実になる。現場目線でわかりやすく整理するので、ぜひ最後まで読んでみてください。
鈑金塗装の現場では毎日、塗料・シンナー・洗浄剤といった化学物質を扱います。「ずっとこうやってきたから大丈夫」という感覚、私にも正直ありました。
でも現実は変わっています。
2024年4月から、日本の化学物質管理は「法令が決めたことだけやればいい」という時代から、「事業者が自分たちでリスクを評価して管理する」時代へと移行しました。そして2026年10月には、個人ばく露測定の義務化という新たな節目が迫っています。
この記事では、鈑金塗装業に直接関係する新ルールの全体像と、現場が今すぐ取り組むべきことを、現役職人の目線で解説します。
- 2024年の化学物質管理改革で何がどう変わったのか
- 「個人ばく露測定」とは何か、なぜ必要なのか
- 2026年10月の義務化で鈑金塗装現場に何が起きるか
- 小規模な鈑金塗装店が今すぐやるべき3つのこと
- 補助金を使って測定コストを抑える方法
化学物質管理、なぜ今「大改革」なのか
従来の制度には”穴”があった
これまでの作業環境測定は、作業場の空気を定点で測る「A測定」と「B測定」が基本でした。しかし考えてみてください。塗装作業者は一箇所に立ち止まっているわけではありません。車の前に回り込んだり、ボンネットの裏に顔を近づけたり、常に動きながら作業しています。
定点測定では、実際に作業者が吸い込んでいる量を正確に把握するには限界があります。欧米ではすでに「作業者の呼吸域で直接測定する」方法が標準となっており、日本もこの流れに追いつく形で制度改革に踏み切りました。
規制対象物質が一気に拡大
もう一つの大きな変化が、規制対象物質の激増です。

鈑金塗装現場で使う塗料・シンナー・洗浄剤のほぼすべてが対象と考えて間違いありません。「うちが使ってる材料は関係ない」という判断は、今後通用しなくなります。
「自律的な管理」とはどういう意味か
新制度のキーワードは「自律的な管理」です。これは国が「これだけやれ」と決めたルールを守るだけでなく、自社の現場に合ったリスクを自分たちで評価し、適切な対策を講じるという考え方です。
責任の重みが事業者側に大きく移ったとも言えます。言い換えれば、「知らなかった」では済まされない時代になったということです。
「個人ばく露測定」とは何か?現場が知るべき基礎知識
従来の測定との根本的な違い
個人ばく露測定とは、作業者の襟元や口元(呼吸域)に小型のサンプラーを装着し、1日の作業中に実際に吸い込む化学物質の平均濃度(8時間時間加重平均値:TWAなど)を測定する方法です。
測定するのは「作業場の空気」ではなく「その人が実際に吸っている空気」
塗装ブースで吹き付け作業をしている職人と、その横を通り過ぎるだけの人では、吸い込む量はまったく違います。個人ばく露測定はその差を正確に捉えられる点が最大のメリットです。
測定の方法は2種類
パッシブ法(バッジ式)
- 吸着剤入りの小型バッジを作業服の襟元に装着
- ポンプ不要で動きやすく、普段の作業の妨げになりにくい
- 作業者への身体的な負担が小さい
アクティブ法(ポンプ式)
- 小型ポンプを腰に装着して空気を吸引採取
- より精密な測定が可能
- ポンプの音や重さが気になる場合あり
どちらの方法を選ぶかは、測定する物質の種類や作業環境によって専門家が判断します。
2026年10月、何が義務化されるのか
義務化の対象となる3つのケース
2026年10月1日から、以下のケースで有資格者(第一種作業環境測定士等)による個人ばく露測定が義務となります。
- 金属アーク溶接等作業(溶接ヒュームの測定)
- 作業環境測定の結果が「第三管理区分」(不適切)となり、改善措置を講じても第一・第二管理区分に改善できない場合
- 国が定める「濃度基準値」を超えているおそれがある場合の確認
鈑金塗装現場で特に注意したいのは、溶接作業と塗装作業の両方を行っている職場です。溶接ヒュームは2021年の規制強化以来、引き続き厳しく管理されており、今回の義務化でもっとも影響を受ける作業のひとつです。
「第三管理区分」になったら即営業停止?
「基準値を超えたら即アウト」ではありません
第三管理区分になった場合、事業者がとるべきステップは段階的に定められています。
- 局所排気装置の設置や換気方法の見直し(工学的対策)
- 作業手順や作業時間の見直し(管理的対策)
- それでも改善できない場合、有効な呼吸用保護具の選定と着用を徹底
- 再測定で安全を確認
ただし、「対策を後回しにする」という選択肢はなくなります。段階を踏んだ対応記録を残しておくことも、今後は重要になってきます。
なかまるの現場リポート:「なんとなく」が通用しなくなった日
私自身、以前は防毒マスクの吸収缶の交換を「なんとなく」で判断していました。においがきつくなってきたら替える、という程度の感覚です。正直、多くの職場でも似たようなものではないでしょうか。
それが変わったきっかけは、労働基準監督署の抜き打ち検査でした。吸収缶の交換記録がないことを指摘され、それから「破過時間」を記録して管理するようになりました。
破過時間とは、フィルターが化学物質を吸着しきれなくなるまでの使用可能時間のことです。使用している有機溶剤の種類と濃度、1日の作業時間をもとに計算します。フィルターメーカーが計算ツールを無料提供していることも多いので、一度確認してみることをおすすめします。
化学物質管理者については、私の職場では上司が選任されました。2024年のリスクアセスメント義務化をきっかけに、塗装従事者が実際にSDS(安全データシート)を確認するようになりました。「義務化されるまでちゃんと見ていなかった」というのが正直なところで、法律の力は大きいと実感しています。
そして正直に言うと、私が以前いた小規模工場はそもそもこういったルールの変化を知らない状態でした。半年ごとに受けるべき有機溶剤健康診断(有機検診)すら、コストを理由に実施されていませんでした。作業環境測定も同様です。
これは法律違反です。でも「知らないから」「お金がないから」という理由で、日本中の小規模鈑金塗装店で同じことが起きているのが現実だと思っています。2026年の義務化を前に、まず現状を正確に把握することが第一歩です。
事業者が今すぐ取り組むべき3つのステップ
ステップ1:責任者を選任する(2024年4月より義務化済)
責任者の選任は2024年4月から義務化されています。未実施の場合は早急に対応が必要です。
| 責任者 | 主な役割 |
|---|---|
| 化学物質管理者 | SDSの管理・リスクアセスメントの実施・労働者への教育など管理全般 |
| 保護具着用管理責任者 | マスクの選定・フィットテスト・保守管理。年1回のフィッティング確認が義務 |
化学物質管理者に特定の国家資格は必須ではありませんが、厚生労働省が定める講習(化学物質管理者講習)の受講が強く推奨されています。業種・規模にかかわらず、リスクアセスメント対象物質を扱う事業場はすべて選任が必要です。
ステップ2:SDSを確認・最新化する
SDS(安全データシート)は、使用している薬品の成分・危険性・取り扱い方法が記載された文書で、メーカーや仕入れ先から取り寄せることができます。
確認すべきポイントは以下のとおりです。
- 使用している塗料・シンナー・洗浄剤のSDSがすべて揃っているか
- リスクアセスメント対象物質(903物質)が含まれているか
- 最新版のSDSかどうか(古いSDSは情報が不正確な場合あり)
ステップ3:リスクアセスメントを実施する
リスクアセスメントと聞くと難しく聞こえますが、まずは無料ツールから始めることができます。
厚生労働省が提供する「CREATE-SIMPLE」は、使用化学物質の情報を入力するだけでリスクを推定してくれる無料のWebツールです。まずここから始めて、高リスクと判定された作業については個人ばく露測定の実施を検討する、という流れが現実的です。
- 責任者の選任(今すぐ)
- SDSの収集・確認(今すぐ)
- CREATE-SIMPLEでリスク推定 → 必要に応じて個人ばく露測定(2026年10月までに)
補助金を使ってコストを抑える
コストが壁になっている小規模事業者にとって、活用したい制度があります。
- 外部機関に個人ばく露測定を委託する際の費用を一部補助
- 補助上限:1作業場あたり 5万円、1事業者あたり最大 10万円
- ⚠️ 申請は「測定実施前」に行う必要があります
この補助金を活用すれば、測定費用の負担を大幅に軽減できます。「測定したいけどお金が…」という職場こそ、先に申請窓口へ問い合わせることをおすすめします。詳細は厚生労働省の公式サイト、または各都道府県の労働局で確認してください。
また、地域の産業保健センターでは化学物質管理に関する無料相談も受け付けています。「何から始めればいいかわからない」という段階でも気軽に相談できる窓口として覚えておいてください。
よくある質問(Q&A)
Q1:これまでの「作業環境測定(A・B測定)」は廃止されますか?
A:廃止ではなく、新しい測定が追加されるイメージです。
有機則や特化則で指定された業務については、引き続き定期的な作業環境測定が必要です。今回の改正は、従来の測定で改善が困難な場合や、多くの化学物質に対して「個人ばく露測定」という新しい評価手段を追加したものです。両者は並存します。
Q2:測定は自社でやってもいいですか?
A:日常的な確認は可能ですが、義務化対象の測定は有資格者への委託が必要です。
2026年10月からの義務化対象(第三管理区分からの評価等)については、高度な分析と判断が求められるため、第一種作業環境測定士などの専門家に委託することが強く推奨されます。補助金を活用した外部委託が現実的な選択肢です。
Q3:防毒マスクを常につけていれば、測定しなくて大丈夫ですか?
A:測定は別途必要です。
「そのマスクがその現場の濃度に対して本当に十分な性能を持っているか」を確認するには、まず実際のばく露濃度を知る必要があります。マスクを着けていることと、マスクが正しく機能していることは別問題です。測定結果に基づいて適切なマスクを選定することが、新ルールの核心のひとつです。
Q4:小規模な鈑金塗装店でも保護具着用管理責任者は必要ですか?
A:はい、業種・規模にかかわらず必要です。
リスクアセスメント対象物質を扱う事業場であれば、従業員数に関わらず「化学物質管理者」と「保護具着用管理責任者」の両方の選任が義務です。「うちは小さいから関係ない」は通用しません。保護具着用管理責任者は、マスクのフィッティング(顔への密着確認)を年1回実施することも義務となっています。
Q5:有機溶剤健康診断(有機検診)を実施していない場合はどうなりますか?
A:労働安全衛生法違反となります。
有機則に該当する作業を行う事業者は、6ヶ月以内ごとに1回、労働者に有機溶剤健康診断を受診させる義務があります。コストを理由に未実施であっても違法状態であることに変わりなく、労基の立入検査で指摘の対象となります。地域の産業保健センターでは無料相談も受け付けているので、まずそこから動き出すことをおすすめします。
Q6:「CREATE-SIMPLE」はどこで使えますか?
A:厚生労働省の公式サイトから無料で利用できます。
「CREATE-SIMPLE 厚生労働省」で検索するとアクセスできます。使用する化学物質の名称・使用量・作業時間などを入力するだけでリスクを自動推定してくれる無料ツールです。専門知識がなくても使えるよう設計されているので、まずここから始めてみてください。
まとめ:「知らなかった」が通用しない時代へ
今回の化学物質管理改革のポイントを整理します。
- 2024年4月から「自律的な管理」へ移行。責任者の選任・リスクアセスメントが義務化済み
- リスクアセスメント対象物質は903物質→将来的に約2,900物質へ拡大予定
- 2026年10月から個人ばく露測定の義務化がスタート
- 補助金(最大10万円)を活用して測定コストを抑えることが可能
- 小規模事業者こそ「知らない」では済まされないリスクがある
「うちは関係ない」ではなく、「うちはどこまで対応できているか」を確認する機会として、ぜひこの記事を活用してください。

結局、何から手をつければいいんだろう…うちの工場、何もできていない気がしてきた

焦る気持ちはわかる。でも一気に全部やる必要はない。まず①責任者を誰かに決める、②SDSをかき集める、③CREATE-SIMPLEに入力してみる、この3つだけでいい。大事なのは”動き出すこと”。知っていて動かないのは、知らないより状況が悪いと私は思っています。

